「最初はピンとこなかった曲が、何度も聴いているうちに口ずさんでいた」
「最初は苦手だった同期と、教室で何度も顔を合わせるうちに自然と話せるようになった」
—この現象を心理学では「単純接触効果(Mere Exposure Effect)」と呼びます。
一見すると、ただの"慣れ"の話に思えるかもしれません。
しかしこの現象は、鍼灸・あん摩マッサージ・整体・柔道整復を学ぶ学生にとっても、これから治療院を開きたい若手施術家にとっても、実は非常に身近で極めて重要な視点です。
たとえば、覚えにくい解剖学の専門用語、なかなか親しめない実技の手順、初対面の患者さんとの距離感、そして開業後のブログ更新やニュースレター。
これらの場面に共通しているのは「短時間で完成しない」という性質です。
何度も触れる、何度も会う、何度も見る——その積み重ねが、知識の定着、人間関係の構築、患者さんからの信頼形成、さらには治療院ブランドの認知に深く関わっています。
ただし、単純接触効果は万能の魔法ではありません。
むしろ「使い方や頻度を間違えると、かえって患者さんの嫌悪感を増幅させる致命的な逆効果になる」点こそが、プロの施術家として知っておきたい本質です。
研究の背景と深層メカニズムから、学生の勉強・臨床・治療院経営への自然な応用、そして心理学的な罠を避けるための注意点まで解説します。
目次
単純接触効果とは何か
一言でいうと「繰り返し触れるほど好きになりやすい現象」
単純接触効果とは以下を指します。
英語では「Mere Exposure Effect(MEE)」と呼ばれ、社会心理学や消費者行動論、行動経済学の領域で頻繁に引用される基礎的な認知バイアスの一つです。
この法則の最大のポイントは「mere(単なる・ただの)」という言葉にあります。
つまり、相手と深く話したり、特別な体験を共有したり、論理的な説得を受けたりしなくても、ただ物理的に目に入る回数・耳にする回数が増えるだけで、自動的に好意が育ちやすくなるという点です。
報酬や罰といった学習的な条件付けがなくても成立するため、人間の認知の非常に基礎的で無意識的なレベルで起こる現象だと考えられています。
どんな心理メカニズムが働いているのか
なぜ「単に触れる回数が増えるだけ」で好意が高まるのでしょうか。
心理学や脳科学の研究において、主によく挙げられる説明は次の二つです。
第一に、処理流暢性(Processing Fluency)と快感情の誤帰属という考え方です。
人間の脳は、初めて見るものや複雑なものを処理する際に多大な認知エネルギーを消費します。
しかし、何度も見たもの・聞いたものは、脳が情報を処理するときに非常に「楽(スムーズ)」になります。
ウィンキエルマンら(Winkielman et al., 2003)の研究によると、この「スムーズに情報処理できた」という感覚自体が、脳内に微かな「心地よさ(快感情)」を生み出します。人はしばしば、この「処理が楽で心地よい感じ」を、「自分がその対象を好きだから心地よいのだ」と取り違えてしまいます。
これが処理流暢性による好意の形成です。
第二に、安全性のシグナル(進化的視点)としての側面です。
人類が進化の過程を生き抜く上で、見慣れない刺激や未知の存在(ネオフォビア:新奇性恐怖)は「潜在的な危険」を意味しました。
反対に、見慣れた刺激は「これまで自分に害を与えなかった安全なもの」という強力なシグナルになります。
そのため、繰り返し接触して無害であることが確認された対象に対して、人は本能的に警戒心を解き、安心感や好意を抱きやすいという解釈です。
🔑 まとめると
「脳が楽に処理できる=心地よい」
「見慣れている=危害を加えないから安全」
—この二つの感覚が無意識下で重なって、繰り返し触れるものへの好意が育ちやすくなります。
似た用語との混同に注意
単純接触効果は、初頭効果(最初の印象が残りやすい)、親近効果(最後の情報が残りやすい)、ピークエンドの法則(ピークと終わり方で評価が決まる)などと混同されがちです。
これらが「いつ・どの場面で・どんな印象が決まるか」という"タイミングの質"に焦点があるのに対し、単純接触効果は「接触の総回数と頻度」に焦点があります。
ひとつの場面での特別な感動や質の高いコミュニケーションがなくても、薄く短い接触が繰り返されることによる「接点の積み重ね」が効いてくる、というのが本法則のユニークな特徴です。
関連する有名な実験・研究
ザイアンス(Zajonc, 1968)の古典的研究
単純接触効果の存在を初めて体系的に証明し、世界中に知らしめた代表的な研究が、ロバート・ザイアンス(Robert B. Zajonc)が1968年に発表した論文「Attitudinal Effects of Mere Exposure」です。
このことから、単純接触効果は別名「ザイアンスの法則」とも呼ばれます。
ザイアンスは、参加者に対して以下などのスライドで提示する実験を行いました。
- 意味のないトルコ語のような単語
- 漢字(当時のアメリカ人には読めない文字)
- 卒業アルバムから抜粋した見ず知らずの男性の顔写真
提示する回数を「0回」「1回」「2回」「5回」「10回」「25回」と意図的にばらつかせ、後でそれぞれの刺激に対する「好ましさ(好感度)」を評価してもらいました。
| 接触回数 | 被験者の反応(好意度の傾向) |
|---|---|
| 0回(初見) | 警戒心が強く、評価は最も低い(ニュートラルまたはややネガティブ) |
| 1〜5回 | 見るたびに評価が急激に上昇していく |
| 10〜25回 | 好意度は最も高くなるが、上昇のペースは緩やかになる |
結果は明快でした。
接触回数(提示回数)が多い刺激ほど、より好意的に評価される傾向が明確に見られたのです。
意味の分からない記号や、見ず知らずの他人の顔写真ですら、ただ「0回よりは5回、5回よりは25回」と繰り返し見るだけで好意が育っていく。
この発見は当時の心理学界に衝撃を与え、人間の好意が論理的な理由や報酬なしに形成されることを証明しました。
🔑 研究のポイント解説
ザイアンスの研究の凄さは、「被験者に何の意味も知らせず、ただ見せただけ」で好意が上がった点にあります。
さらに彼は言語分析を行い、日常会話でポジティブな単語(例:happiness)はネガティブな単語(例:unhappiness)よりも圧倒的に出現頻度が高いことを示し、日常の接触頻度が私たちの感情評価を形作っていると論じました。
意識すらしていなくても効く:サブリミナル効果の強さ
さらに驚くべきことに、単純接触効果は「自分が見たことすら気づいていない」状態でも発生し、むしろその方が効果が強くなることがわかっています。
ボーンスタイン(Bornstein, 1989)が行った1968年から1987年までの208件の実験に関する大規模なメタ分析によると、単純接触効果の全体的な効果量(r)は0.26と頑健に確認されました。
その中で、刺激を「サブリミナル(数ミリ秒という意識では認識できない超短時間)」で提示した実験の方が、はっきりと認識できる長さで提示した実験よりも、好意度の上昇幅が有意に大きいことが判明しました。
なぜ意識できない方が効果が高いのでしょうか。
はっきりと認識できると、人は「何度も見せられているから、親しみを感じているだけだ」と意識的に感情を割り引いて修正しようとします。
しかし、無意識の接触ではその修正プロセスが働かないため、「処理流暢性」による快感情がそのままダイレクトに対象への好意に結びつく(誤帰属される)からです 。
モアランドとビーチ(Moreland & Beach, 1992)の教室実験
現実の社会環境でこの効果を検証した有名な研究が、モアランドとビーチによる1992年の大学の大教室での実験です。
研究チームは、見た目の魅力度が同等と評価された4人の女性協力者を、大学の講義に「学生のふり」をして座らせました。
条件は、学期中にそれぞれ「0回」「5回」「10回」「15回」出席するというものです 。
彼女たちは目立つ服装を避け、他の学生と一切言葉を交わさず、ただ授業を聞いて帰るだけでした。
学期末、本物の学生たち(130名)に彼女たちの写真を見せ、魅力度や親しみやすさを評価してもらいました。
| 女性の出席回数 | 魅力度の評価スコア(7点満点) |
|---|---|
| 0回(全く出席せず) | 3.62 |
| 5回 | 3.88 |
| 10回 | 4.25 |
| 15回(最も多く出席) | 4.38 |
興味深いことに、学生たちは「この女性を教室で見たことがある」とはっきり認識していなかったにもかかわらず、出席回数が多い女性を明確に魅力的で親しみやすいと評価しました。
深い対話どころか、表情を交わしたわけでもないのに、ただ「同じ空間にいる回数が多かった」だけで好意が積み重なっていたのです。
🔑 施術家・学生に刺さるポイント
この実験が示すのは「意識されていなくても、接触は確実に信頼貯金になっている」という事実です。
患者さんが「なんとなくここが安心」「この先生なら任せられる」と感じるとき、その裏には施術の質だけでなく、挨拶やすれ違いといった静かな接触の蓄積が深く関わっていることが証明されています。
日常生活での具体例
学生さんや若手施術家がイメージしやすいよう、私たちの身の回りにある単純接触効果の例を3つ挙げてみます。
例① 鏡で見る自分の顔と、写真の顔(Mita et al., 1977)
「鏡で見る自分の顔」には慣れているのに、ふと友人が撮った「写真に写る自分(他撮り)」を見ると、なんとなく違和感を覚えたり、魅力が落ちて見えたりしてしっくりこないことはありませんか?
ミタら(Mita, Dermer, & Knight, 1977)の研究によれば、これも単純接触効果によるものです。
被験者とその友人を対象に実験を行ったところ、被験者本人は「左右反転した自分(鏡像)」を好む一方、友人は「反転していない本来の顔(真像)」を好むことがわかりました。
私たちは毎日、鏡に映った自分を繰り返し見て接触回数を稼いでいるため、鏡像に対して最も好意を抱きやすいのです。
見慣れているものの方を無意識に好むという、典型的な現象です。
例② 通学・通勤路の景色
最初は何とも思っていなかった路地のパン屋さんや古民家カフェも、毎日通勤や通学で前を通るうちに「なんとなく良いお店だな」「一度入ってみたいな」と感じるようになります。
中に入ったわけでも、試食をしたわけでもないのに、視界に入る回数が積み重なるだけで親しみが芽生える—これも単純接触効果です。
例③ スーパーの陳列棚と定番商品
同じカテゴリの新商品と定番商品が並んでいると、つい定番のパッケージに手が伸びることがあります。
CMで何度も見ていたり、何年も棚で目にしていたりするだけで、脳の処理流暢性が高まり、「とりあえずこれなら安心」という選好が自動的に形成されているわけです。
💡 3つの例に共通すること
「強い感動」や「論理的な納得」がなくても、地味な接触の積み重ねで親近感が育つ——これが単純接触効果の核心です。この視点は、施術業界の地道な情報発信や、地域住民への信頼構築を考えるときに極めて重要になります。
学生の勉強・実技練習への応用
解剖学・経穴・専門用語の暗記における「見慣れ戦略」
鍼灸・あん摩・柔整・整体の学習は、聞いたこともない筋肉名や経穴名、生理学の用語との戦いとも言えます。
最初は呪文のようにしか見えない「胸鎖乳突筋」「足三里」「迷走神経」といった単語も、単純接触効果を使えば圧倒的に攻略しやすくなります。
ここでのポイントは「無理に覚えようとせず、目に入る回数を物理的に増やす」ことです。
- トイレのドアの内側に経絡図や筋肉の起始・停止の表を貼る
- 勉強机の前にA4一枚の最重要用語表を貼る
- スマホのロック画面を、今週覚えたい解剖図や生理学のプロセス図に設定する
一回あたりはたった数秒の接触ですが、1日に何十回もチラ見することで脳の処理流暢性が高まり、いざ机に向かったときに「この単語、知っている(見慣れている)」という状態からスタートできます。
暗記に対する心理的ハードルと認知的負荷を劇的に下げる効果があります。
国家試験対策と苦手科目の克服
国試の過去問は、初めて解くと「全部知らない問題」のように見え、強いストレスを感じます。
しかし、同じ問題集を3周4周と繰り返すうちに、選択肢の言い回しや出題パターンが「見慣れた風景」になっていきます。
苦手意識のある科目ほど、人は無意識に接触を避けがちです。
しかし、避ければ避けるほど、その科目への恐怖感や違和感は増大します。
苦手な科目こそ、深く理解しなくていいので、薄く長く接触する——これが単純接触効果の上手な使い方です。
✅ 実践アドバイス
東洋医学概論が苦手なら、毎朝の通学電車で5分だけ教科書をパラパラめくる。
「解く・理解する」ことより、「眺める・見る回数を増やす」という習慣の方が、未知のものに対する恐怖(ネオフォビア)を和らげ、結果的に学習効率を高めます。
グループ学習と友人関係の構築
実技練習やグループ学習で気の合う仲間を見つけたい場合も、モアランドとビーチの実験結果が直結します。
面白い話をしたり、無理に気を引いたりする必要はありません。
ただ同じ自習室に通う頻度を増やす、休憩時間に同じラウンジにいる回数を増やすといったシンプルな「空間の共有」だけで、自然と親しみが湧き、関係構築のハードルが下がります。
臨床・患者対応への応用
院内環境としての「静かな接触」
患者さんとの関係構築は、施術中の会話や問診だけで決まるわけではありません。
治療院の空間に配置された様々な情報も、患者さんに対する「接触」として機能しています。
たとえば、初診で緊張している患者さんに対して、いきなり詳しい施術理論や治療計画を10分間語り続けるのは、情報過多(オーバーロード)を引き起こし逆効果です。
それよりも、シンプルな図解や案内を、別の機会に少しずつ目にしてもらう方が、圧倒的に納得感が育ちやすくなります。
✅ 実践例
受付の壁に貼ってある簡単な説明イラスト、待合室のテーブルに置かれた院長の自己紹介ファイル、ベッドサイドにある「今日施術した部位」の解説メモ、トイレに掲示された季節の健康便り。
これらは押し付けがましい売り込みではなく、患者さんの視界に自然に入る「静かな接触」として、安心感を積み重ねていきます。
セルフケア指導での反復接触
「毎日肩を回しましょう」「寝る前にストレッチしてください」と口頭で1回伝えても、多くの患者さんは数日後には忘れてしまいます。
これは患者さんのモチベーションが低いというより、人間の記憶の自然な性質によるものです。
ここで役立つのが、セルフケア用紙の配布・LINEでのステップ配信・次回の来院時の確認といった「反復接触の仕組み」です。
同じ内容であっても、1回長く伝えるより、短いメッセージで3回・5回と接点を作る方が、患者さんの脳内でその情報への処理流暢性が高まり、実際の行動(アドヒアランス)に移されやすくなります。
ラポール(信頼関係)形成と担当者の顔
担当制の施術院において、施術家自身の「顔」や「声」も重要な単純接触の対象です。
問診時、施術の合間の声かけ、お見送りの瞬間——患者さんが施術家の存在に触れる回数が増えるほど、動物的なレベルでの「見慣れている=危害を加えない安全な人」という感覚が育ちます。
大切なのは、接触の質と回数のバランスです。
すれ違いざまの笑顔での会釈、名前を呼ぶちょっとした瞬間。
それぞれは数秒の小さな接触ですが、こうした薄い接点が積み重なって「この先生になら体を任せられる」という深いラポールへと成長します。
治療院開業・経営への応用
ホームページ・SNS・ブログの「継続」が持つ本当の意味
開業を考えている若手施術家や経営者の多くが、SNSやブログの更新で悩みます。
「書いてもすぐに予約が入らない」「毎日続ける意味があるのかな」と挫折しがちです。
ここでこそ、単純接触効果のメカニズムを思い出してください。
SNSやブログは、1記事の爆発的なクオリティで即座に集客するモデルではなく、地域住民のスマホ画面に「またこの院のロゴだ」「またこの先生の顔だ」という接触回数を地道に表示させ続けるためのツールなのです。
文章を熟読されなくても、タイムラインをスクロールする際にチラッと目に入るだけで、脳内には「見慣れた治療院」としての処理流暢性が蓄積されています。
そして、いざその人が腰痛になったとき、数ある治療院の中から「見慣れていて安心感のある(単純接触効果が効いている)」あなたの院が選ばれる確率が飛躍的に高まります 。
リピート戦略における「小さな接点」
回数券の押し売りや、強引な次回予約の獲得に頼らなくても、月1回のニュースレター郵送、季節ごとの健康ハガキ、誕生月のLINEメッセージといった「軽い接点」を設計することで、患者さんの中に院の存在感が保たれ続けます。
ここでも大切なのは、「今すぐ来院させる」という強い営業(セールス)ではなく、「いつでも思い出してもらえるポジティブな接点を残す」という発想です。
接触回数が維持されていれば、患者さんが再び不調を感じた際に、自然と選ばれる立ち位置を獲得できます。
✅ 費用ゼロでできる活用例
Googleビジネスプロフィール(旧マイビジネス)の写真を週に1回、院内の風景やスタッフの笑顔などに更新するだけで、Googleマップで検索した地域住民の目に触れる機会が増えます。
「またこの院の写真を見た」という微細な接触の積み重ねが、来院のハードルを下げる有効な施策となります。
施術家が活用するときの注意点・境界条件(失敗を防ぐために)
ここまで読むと「とにかく接触回数を増やせば無条件に好かれる」と思いたくなりますが、単純接触効果には学術的に証明された「効果が消える、あるいは致命的な逆効果になる条件(境界条件)」が存在します。
ここを理解せずに乱用すると、経営や患者対応で痛い目を見ることになります。
注意点①:初期印象がネガティブだと「嫌悪感」が増幅する(脅威の増分効果)
単純接触効果をビジネスに用いる上で最も危険な罠がこれです。
ブリックマンら(Brickman, Redfield, Harrison, & Crandall, 1972)の研究では、被験者が「最初から不快だ・嫌いだ」と感じた絵画や音楽に対しては、接触回数を増やせば増やすほど、かえって嫌悪感や不快感が強まる(増幅する)ことが明らかになりました。
つまり、最初の電話対応が悪かった、初診時の問診が雑で不信感を抱かせた、院内が不潔だったなど、「最初の印象(初期評価)」がマイナスの状態のまま、LINEを何通も送ったりDMを毎月郵送したりすると、患者さんは「しつこい!不快だ!」と怒りを感じ、クレームや悪評につながります。
単純接触効果を味方につけるには、最低限「最初はニュートラル(普通)、あるいは少しポジティブ」な印象を持ってもらうことが大前提です。
注意点②:過剰な接触は「飽き(逆U字カーブ)」を生む
ボーンスタイン(Bornstein, 1989)のメタ分析によると、単純接触効果による好意の上昇は無限に続くわけではありません。
接触回数が10回〜20回を超えたあたりから効果は頭打ちになり、それ以上過剰に接触し続けると、今度は「飽き(Satiation)」や「うんざりした感情」が生じて評価が下がる「逆U字カーブ」を描くことがわかっています。
毎日のように営業LINEを送る、同じ内容のチラシを毎週ポストに入れるといった過剰な頻度は、スパム行為とみなされ逆効果です。
「適度な間隔」と「しつこくない頻度」を守る節度が欠かせません。
⚠️ 倫理的な警告と誤解を避けるための補足
- 患者を操作・洗脳する道具にしない:単純接触効果は、患者さんの恐怖心や警戒心を和らげ、安心できる治療環境を作るための補助的なツールです。不安を煽って高額回数券を強要したり、選択肢を狭めたりするための手段にしてはいけません。
- 治療効果そのものと混同しない:何度も顔を合わせることで「先生のことが好き・話しやすい」という感情は育ちますが、それは「痛みや症状が治った」という医学的事実とは別次元の話です。好意に甘えることなく、臨床家としての技術研鑽や客観的な評価指標を手放さないでください。
- 経営への応用に過度な期待をしない:「ブログを毎日書けば必ず集客できる」といった魔法ではありません。単純接触効果はあくまで、技術や立地、料金体系といった「土台」が整っている上で効果を発揮するブースターです。
よくある誤解
単純接触効果について、読者が誤解しやすい点を整理しました。
| 誤解 | なぜ起きるか(心理的な罠) | 正しい理解(臨床・経営の現実) |
|---|---|---|
| 接触回数を増やせば誰からも必ず好かれる | 効果が直線的に無限に伸びると思い込みがちだから。 | 初期印象がネガティブだと逆効果になりやすく、頻度過多も飽き(逆U字カーブ)を生みます。 |
| 単純接触効果=洗脳・刷り込みである | 「繰り返しの接触」という表現が、強引な広告手法に似ているため。 | 強制的な思考操作ではなく、自然な接触の中で起こる「処理流暢性」による薄い好意の蓄積です。 |
| ビジネスでも回数さえ増やせば売上が上がる | 心理効果を魔法のように扱い、他の変数を無視しやすいため。 | 商品・サービスの質・料金・立地など他の要因が前提として担保されている必要があります。 |
| すべての対象に同じくらい働く | 古典研究の印象が強いため。 | 刺激の種類(複雑か単純か)、文脈、個人差で効果量は大きく変わります。 |
⚠️ 施術業界で特に気をつけたいこと
「繰り返し見せる」という表現だけを切り取ると、まるで強引な広告手法のように聞こえてしまいます。
実際には、患者さんの判断材料を増やし、見慣れることで安心感を支える方向で使うものです。この視点を忘れないでください。
まとめ
単純接触効果(ザイアンスの法則)とは、「繰り返し触れる対象に対し、脳の処理がスムーズになり(処理流暢性)、安全だと感じるため、自然と好意や親しみが育ちやすくなる」という、ごくシンプルな人間の心理傾向です。
ザイアンスの古典実験から、モアランドとビーチの教室実験、ボーンスタインのメタ分析に至るまで、効果の存在自体は非常に頑健に支持されてきました。
一方で、初期印象がネガティブな場合の嫌悪感の増幅(Brickman et al., 1972)や、過剰接触による飽きなど、扱う上で細心の注意を払うべき境界条件も明らかになっています。
💡 学生のみなさんへ
単純接触効果は、苦手科目との距離を縮める道具、専門用語に親しむ仕組み、同期や患者さんとの自然な関係づくりに活かせる強力な視点です。
明日からできる第一歩として、苦手な分野の用語表を「目に入る場所」に貼ってみる、毎朝5分だけ教科書をめくる、といった小さな仕組みを作ってみてください。
✅ 若手施術家・経営者のみなさんへ
患者さんとの信頼を地道に育てる土台、治療院の存在感を地域に浸透させる発想として役立つ考え方です。
一発で結果を出そうとする派手な発信より、患者さんの理解と納得を支える「薄く長い接点」を続けることが、長期的な信頼につながります。
何より大切なのは、この心理効果を患者さんを操作する道具ではなく、相手の理解・納得・意思決定を助ける環境づくりに使うという誠実な姿勢です。
回数だけを追いかけるのではなく、最初の印象・頻度の節度・内容の誠実さがそろって、はじめて単純接触効果は治療家の強い味方になります。
「派手な一発勝負ではなく、地味な積み重ねを大切にする。」——患者さんの心身に寄り添う施術業界にこそ、ひときわ向いている心理効果のひとつといえるでしょう。
参考文献
- Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology Monograph Supplement, 9(2, Pt.2), 1–27.
▶ 単純接触効果(ザイアンスの法則)の概念を初めて体系的に証明した原著論文。図形や顔写真などを0回〜25回の頻度で提示し、接触回数と好意度の明確な相関を実証した研究内容を確認できます。 - Moreland, R. L., & Beach, S. R. (1992). Exposure effects in the classroom: The development of affinity among students. Journal of Experimental Social Psychology, 28(3), 255–276.
▶ 大学の大教室に女性を0〜15回潜入させた有名な教室実験。深い会話がなくとも、同じ空間での接触回数だけで好意や魅力度が上昇することを確認できる資料です。 - Bornstein, R. F. (1989). Exposure and affect: Overview and meta-analysis of research, 1968–1987. Psychological Bulletin, 106(2), 265–289.
▶ 208件の単純接触効果に関する研究を総括したメタ分析。効果が最も高まる条件や、10〜20回を超えると飽きが生じて評価が下がる「逆U字カーブ」の存在を確認できる重要文献です。 - Kunst-Wilson, W. R., & Zajonc, R. B. (1980). Affective discrimination of stimuli that cannot be recognized. Science, 207(4430), 557-558.
▶ 意識できないレベル(サブリミナル)の接触でも単純接触効果が起こることを証明し、認知(記憶)と感情(好意)が独立していることを示した論文です。 - Mita, T. H., Dermer, M., & Knight, J. (1977). Reversed facial images and the mere-exposure hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology, 35(8), 597–601.
▶ 人が自分の顔の「鏡像(反転した顔)」を好む一方、友人たちは「真像(写真の顔)」を好む現象を明らかにし、日常的な接触頻度が好意を決定づけていることを確認できる資料です。 - Winkielman, P., Schwarz, N., Fazendeiro, T. A., & Reber, R. (2003). The hedonic marking of processing fluency: Implications for evaluative judgment. In The psychology of evaluation: Affective processes in cognition and emotion (pp. 189–217).
▶ なぜ接触を繰り返すと好きになるのかというメカニズムについて、「処理流暢性(脳が楽に処理できる感覚)」が「快感情」を生み出し、それが対象への好意に誤帰属されるプロセスを解説した書籍章です。(書籍のため直接URLなし) - Brickman, P., Redfield, J., Harrison, A. A., & Crandall, R. (1972). Drive and predisposition as factors in the attitudinal effects of mere exposure. Journal of Experimental Social Psychology, 8(1), 31-44.
▶ 本法則の最大の注意点である「初期印象がネガティブな場合、接触回数を増やすと逆に嫌悪感が増幅する」という現象を実証した重要な研究です。
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以下の記事では、「行動経済学・行動科学・認知バイアス」でよく使われる用語を119選まとめて紹介しています。
リンク先からは、(この記事の様な)個別に用語を解説したページに移行できるので、様々な用語に触れて臨床に落とし込んでみて下さい。
