最近、訪問マッサージのホームページを見ていると、よくこんな言葉を目にします。
- 「リハビリマッサージを行います」
- 「機能訓練にも積極的に取り組んでいます」
- 「ご希望があれば歩行練習も対応します」
一見すると、とても頼もしく感じます。
ただマッサージをするだけではなく、利用者さんの生活機能まで考えてくれる。
寝たきり予防や拘縮予防だけでなく、離床や歩行まで視野に入れてくれる。
そう書かれていれば、ご家族やケアマネージャーさんが期待するのも当然です。
おそらく、営業の場でも同じような説明をしているのだと思います。
しかし、ここで一つ強く思うことがあります。
できないことを、できるように言わない方がいい。
リハビリという言葉は便利です。
でも、その言葉の裏には、安全管理、身体評価、介助技術、リスク判断、そして責任があります。
- 「少し車椅子に移すくらい」
- 「月に1回くらい離床するくらい」
- 「希望があれば歩行練習を手伝うくらい」
そう見えるかもしれません。
しかし現場では、その「少し」が一番難しいこともあります。
今回の出来事は、それを改めて痛感した話です。
目次
ケアマネージャーさんからの相談
ある日、いつものように施設へ訪問すると、ケアマネージャーさんから声をかけられました。
「少し相談したい方がいるんです」
その言い方には、どこか困り切ったような雰囲気がありました。
話を聞くと、現在利用している訪問マッサージ事業所を変更し、私に一度、無料体験をしてほしいとのことでした。
最初は、よくある事業所変更の相談かと思いました。
- 施術内容が合わなかったのか
- 対応に不満があったのか
- ご家族との相性の問題なのか
しかし、詳しく聞いていくと、問題はもう少し根深いところにありました。
ご家族が本当に望んでいたこと
その利用者さんは、訪問マッサージや拘縮予防を希望されていました。
ただ、それだけではありません。
可能であれば、車椅子へ移乗して、ベッドから離れる時間を作ってほしい。
少しでも外の空気を吸わせてあげたい。
寝たまま施術を受けて終わるのではなく、生活の中にわずかでも「動き」を取り戻したい。
そういう希望があったそうです。
この気持ちは、よく分かります。
長くベッド上で過ごしている方にとって、離床は単なる移動ではありません。
- 視界が変わる
- 姿勢が変わる
- 呼吸の入り方が変わる
- 気分が変わる
たとえ短時間でも、ベッドから離れることには大きな意味があります。
🔑 補足
離床は「ただ車椅子に移ること」ではありません。
生活のリズム、気分転換、姿勢変化、他者との関わりなどにもつながる大切な支援です。
ただし、その方は要介護5でした。
つまり、全介助が必要な状態です。
要介護5の方の移乗は、簡単な話ではない
ベッドから車椅子へ移るには、ただ身体を抱えればよいわけではありません。
確認すべきことはいくつもあります。
| 確認すること | 注意点 |
|---|---|
| 関節の硬さ | 無理な介助で痛みや損傷につながる可能性があります。 |
| 痛みや筋緊張 | 身体の動かし方によって苦痛が強くなることがあります。 |
| 座位保持能力 | 車椅子上で姿勢が崩れたり、ずり落ちたりする危険があります。 |
| 血圧や疲労 | 離床後に気分不快や強い疲労が出ることがあります。 |
| 車椅子の設定 | ブレーキ、フットサポート、位置取りを誤ると転倒リスクが高まります。 |
介助者側にも、利用者さんの身体を安全に誘導する技術が必要です。
無理な抱え方をすれば、利用者さんに痛みを与えるかもしれません。
バランスを崩せば、転倒やずり落ちにつながるかもしれません。
介助者自身が腰を痛めることもあります。
つまり、要介護5の方の移乗は、「ついでに少しやっておきますね」で済む話ではないのです。
無料体験で伝えられた一言
では、以前の事業所は無料体験のときに何と言ったのか。
ケアマネージャーさんによると、こうだったそうです。
「大丈夫ですよ。そのようなことも月に1回くらいならやってみましょう」
その言葉を聞けば、ご家族は期待します。
ケアマネージャーさんも、その前提でサービスを組み立てます。
毎回でなくてもいい。月に1回でもいい。マッサージに加えて、少しでも離床の機会を作ってくれるならありがたい。
そう考えて、その事業所で訪問マッサージを開始したそうです。
しかも、その事業所は、外から見るとかなり信頼できそうに見える事業所でした。
地域内でもGoogle口コミの件数は非常に多く、そのほとんどが星5に近い高評価。
ホームページを見ても、リハビリや機能訓練に力を入れているような印象を受けます。
ご家族やケアマネージャーさんが、「ここなら、ただのマッサージだけでなく、少し踏み込んだこともしてくれるかもしれない」と期待しても、不思議ではありません。
ところが、始まってみると様子が違いました。
何度訪問を重ねても、車椅子への移乗は行われない。
ベッドから離れる機会も作られない。
外の空気を吸うこともない。
実際に行われていたのは、ベッド上でのマッサージと変形徒手矯正術だけだったとのことです。
訪問マッサージは同意書に基づいて行うもの
もちろん、ここを誤解してはいけません。
訪問マッサージは、医師の同意書に基づいて行われるものです。
同意書に記載された部位へのマッサージ、必要に応じた変形徒手矯正術など、医師の同意内容に沿って施術を行うことが基本です。
つまり、マッサージ師がまず行うべきことは、同意書に基づいた施術を忠実に実施することです。これは療養費を算定するうえでも大前提になります。
その意味で、ベッド上でマッサージや変形徒手矯正術を行うこと自体が悪いわけではありません。
むしろ、そこを適切に行うことが訪問マッサージの本来の役割です。
問題は、そこではありません。
問題は、同意書に基づく基本の施術に加えて、「月に1回くらいなら移乗もやってみましょう」と説明していたことです。
ご家族が希望するプラスアルファの支援をどこまで行うかは、各事業所の判断になります。
施設の体制、利用者さんの状態、施術者の技術、リスク管理の方針によって、できることもあれば、できないこともあります。
だからこそ、最初の説明が重要なのです。
- 「できます」と言うのか
- 「難しいかもしれません」と言うのか
- 「状態を見て判断します」と言うのか
- 「当事業所では対応できません」と正直に伝えるのか
その一言で、ご家族やケアマネージャーさんの判断は変わります。
「上司に相談しています」が続いた結果
今回の場合、ケアマネージャーさんは何度も確認したそうです。
「車椅子への移乗は、いつ頃からできそうですか?」
「ご家族も、その点を希望されています」
「最初に、月1回くらいならできると聞いています」
しかし、返ってくる言葉はいつも同じだったそうです。
「上司に相談しています」
一度目なら分かります。
現場の施術者だけでは判断できないこともあります。安全面や事業所としての方針を確認する必要もあるでしょう。
しかし、それが何度も続くと、受け取る側の印象は変わります。
相談しているのではなく、先送りしているように見える。
検討しているのではなく、断ることも実行することも避けているように見える。
そして少しずつ、信頼は削られていきます。
最終的に、ケアマネージャーさんとご家族は、その事業所に見切りをつけることになりました。
そこで、理学療法士として移乗介助や離床支援の経験もある私に、無料体験の依頼が来たという流れです。
なぜ最初に正直に伝えなかったのか
この話を聞いたとき、私は強い違和感を覚えました。
なぜ、無料体験の段階で正直に言わなかったのか。
目の前の利用者さんを見て、移乗が難しいと感じたのであれば、
「安全面を考えると、当事業所では車椅子への移乗までは難しいかもしれません」
そう伝えればよかったはずです。
それは、決して恥ずかしいことではありません。
むしろ、専門職として誠実な判断です。
要介護5の方を安全に車椅子へ移乗するには、それなりの経験と技術が必要です。少しでも不安があるなら、無理に引き受けない方がいい場面もあります。
あるいは、こう説明することもできたはずです。
- 「マッサージと拘縮予防は対応できます。ただ、移乗や離床については、施設職員さんとの連携が必要です」
- 「まずはベッド上での施術から始めて、状態を見ながら慎重に検討しましょう」
- 「当事業所単独では難しいため、訪問リハビリなど別サービスも含めて相談された方がよいかもしれません」
このように伝えていれば、ご家族もケアマネージャーさんも、最初から現実的な判断ができたはずです。
反対に、一番よくないのは、できるような雰囲気だけ出して契約し、始まった後は曖昧な返答を続けることです。
「リハビリもできます」という言葉の重さ
- 「リハビリもできます」
- 「機能訓練もします」
- 「歩行練習も対応します」
こうした言葉は、集客には使いやすいかもしれません。
しかし、ご家族にとっては単なる宣伝文句ではありません。
寝たきりに近い家族が、少しでもベッドから離れられるかもしれない。
車椅子に座って、外の空気を吸えるかもしれない。
生活の幅が、ほんの少しでも広がるかもしれない。
そういう期待につながります。
だからこそ、軽く使ってよい言葉ではないと思うのです。
もちろん、マッサージ師がリハビリ的な視点を持つこと自体は大切です。
関節の動き、姿勢、筋緊張、痛み、日常生活への影響を考えながら施術することは、利用者さんにとって意味があります。
ただし、リハビリ的な視点を持つことと、移乗・離床・歩行練習まで安全に行えることは同じではありません。
ここを混同すると、現場は危うくなります。
| 訪問マッサージの基本 | 慎重な判断が必要なプラスアルファ |
|---|---|
| 同意書に基づいたマッサージ | 車椅子への移乗支援 |
| 変形徒手矯正術の実施 | 離床後の姿勢管理 |
| 拘縮予防や疼痛緩和を目的とした施術 | 歩行練習や立位練習への関与 |
同意書に基づいたマッサージを丁寧に行うこと。
変形徒手矯正術の指示があれば、適切に実施すること。
利用者さんの身体状態を見ながら、無理のない範囲で関節拘縮の予防や疼痛緩和を図ること。
これは訪問マッサージの大切な役割です。
一方で、車椅子移乗や歩行練習は、身体機能だけでなく、転倒リスクや全身状態まで含めて判断しなければならない領域です。
そこに踏み込むなら、相応の準備と責任が必要になります。
口コミやホームページだけでは見えないもの
今回の件で問われていたのは、単に「移乗ができるかどうか」ではありません。
- 約束したことに向き合ったのか
- できないなら、正直に説明したのか
- ご家族やケアマネージャーさんの期待を、曖昧な言葉で引き延ばしていなかったか
そこが問題だったのだと思います。
ここで改めて感じたのは、口コミやホームページだけでは見えない部分があるということです。
Google口コミが多く、星5の評価が並んでいれば、外からは信頼できる事業所に見えます。
もちろん、口コミそのものを否定したいわけではありません。
実際に満足している利用者さんやご家族もいるのだと思います。
ただ、口コミの数や星の高さだけで、すべての現場対応までは分かりません。
とくに今回のように、無料体験時の説明と、契約後の実際の対応にズレがある場合、その違和感は表には出にくいものです。
見た目の評価が高いからこそ、現場での対応にギャップがあったとき、ご家族やケアマネージャーさんの落胆は大きくなります。
できないことを認めることは、恥ずかしいことではない
「リハビリに力を入れています」と書くなら、その言葉に見合う判断力が必要です。
「歩行練習も対応します」と言うなら、どのような状態の方に、どこまで対応できるのかを明確にしておく必要があります。
「移乗もできます」と伝えるなら、安全に行える技術と、難しい場合には断る勇気が必要です。
できないことを認めるのは、恥ずかしいことではありません。
本当に危ういのは、できるように見せかけたまま、最後まで曖昧にすることです。
訪問マッサージの仕事は、利用者さんの身体に触れる仕事です。
同時に、ご家族やケアマネージャーさんからの信頼に触れる仕事でもあります。
だからこそ、言葉だけが先走ってはいけません。
今回の出来事は、私自身にとっても他人事ではありませんでした。
自分も、できることを大きく見せていないか。
専門職として、言葉が先に走っていないか。
利用者さんやご家族の期待に対して、誠実に線引きできているか。
そう考えさせられました。
終わりに
訪問マッサージに必要なのは、派手な宣伝文句ではありません。
「何でもできます」と言うことでもありません。
大切なのは、次のような当たり前の積み重ねだと思います。
- 同意書に基づいた施術を丁寧に行うこと
- できることは、責任を持って行うこと
- できないことは、正直に伝えること
- 最初に口にした言葉を曖昧にしないこと
結局、その積み重ねが一番強い信頼になります。
リハビリという言葉は、飾りではありません。
その言葉を聞いたご家族は、利用者さんの未来を少しだけ想像します。
ベッドから離れられるかもしれない。
車椅子に座れるかもしれない。
外の空気を吸えるかもしれない。
その期待を背負う言葉だからこそ、軽々しく使ってはいけない。
「リハビリもできます」と言う前に、一度立ち止まって考えるべきです。
💡 最後に
それは本当に、安全にできることなのか。
責任を持って続けられることなのか。
そして、その言葉を信じた人を、がっかりさせない覚悟があるのか。
今回の出来事は、その重さを改めて教えてくれました。
